我が家の一月の年中行事

両親が毎年、1月中に必ず行きたいと言う「清荒神」さんをお参りした。天気予報では寒くなると言われていたので、参道は凍てていないか?
脚の悪い二人を連れて滑って転けたら大変だなぁ、と思いながら。

参道を歩いていると子どもの頃を思い出す。
手を引かれて歩いたこの道は、あの頃はもっと長く感じた。屋台の匂いに気を取られ、石段の一段一段が小さな冒険だった。

今は、私が少し前を歩き、ときどき振り返って足元を確かめる立場になった。
「大丈夫?」と声をかけると、「大丈夫や」と返ってくる。そのやりとりに、時間の流れを感じる。

店並みは変わったところもあれば、昔のままの顔もある。
清荒神さんは派手ではないが、背筋が伸びる場所だ。両親が毎年欠かさず来たがる理由も、今ならわかる気がする。願い事というより、「今年も来られました」という報告なのだろう。

手を合わせながら、今年も三人でここに立てたことを、静かにありがたいと思った。

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この記事を書いた人

市民お一人おひとりの暮らしに寄り添い、その声を受け止め、少子高齢化問題や危機管理に関する解決策を即座に提起すること。そして、市民の皆さまが「長岡京市に住んで良かった」と安心して暮らせる街、さらに皆さまも何らかの形でかかわっていける街づくりをすすめていくためにはどうしたらよいか。
これまで私たちを育て、地域を発展させてきてくださった方々、高齢者世代の方々、若い世代の方々、地域の将来を担う子どもたちが安心して生活できること、皆さまが地域での生きがいや友人を得て、笑顔でいきいきと生活していくためにはどうすればいいのかを、しっかりと考えてまいります。

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