正月に立てた今年の目標が、少しずつブレてきている。
そんな実感を抱えたまま迎える節分は、不思議と悪くない気がしている。
元日は、毎年きちんと気持ちが整う日。
今年こそは、と思う。
その決意に嘘はないのだと思う。
ただ、日常が始まれば、仕事や体調、人との関わりの中で、目標は静かに形を変えていくのかもしれない。
それを失敗だとは、もう思わなくなった。
年齢を重ねるほど、計画どおりに進まないのが自然だと感じるようになる。
だから私は、節分を年の始まりと考えている。
正月は理想から出発し、
節分では現実を踏まえて立て直す。
そのくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
節分は立春の前日だ。
暦の上では、ここからが新しい一年になる。
豆をまくのも、厄払いというより、
少し背伸びしていた自分を、そっと下ろすための区切りのように感じます。
「こうありたい」よりも、
「ここまではやってみよう」。
「足す」よりも、
「そろそろ下ろしてもいい」。
そんな判断ができるようになるのも、年齢を重ねたからなのだと思う。
年は、一度きりで始まるものではない。
ブレに気づいた場所が、次の出発点になることもある。
正月の目標が揺らいでいるなら、節分でいい。
ここからが、本当の一年。
そう思って迎える春は、静かで、足元も少し安定している気がします。
