2025年のクリスマス、神戸メリケンパークで行われたドローンショーを見に行った。会場には光るボール状のオブジェが並び、海沿いの空間全体が光に満たされていた。夜の景色そのものが演出の一部になっているようだった。

夜空ではドローンが次々と形を変えながら飛行し、視線は自然と上へ向かう。その場にいた人たちは皆、言葉を交わすこともなく、同じ夜空を見上げ、同じ時間を共有していた。これほど明るい光景を前にして、なぜ悲しくなるのだろうと思った。歓声が上がる場面もあったが、全体としては静かな集中が続いていた。

私はこの街で被災した一人でもある。その経験があるからか、目の前の光景をただのイベントとして切り離して見ることはできなかった。光が夜空に描かれるたび、過去と現在が重なり合う感覚があった。

足元では家族連れやカップルが立ち止まり、子どもたちが夜空を指さしていた。特別な演出と日常の風景が同じ場所にあり、同じ時間が流れていた。その光景を見ながら、神戸が積み重ねてきた時間の厚みをあらためて感じた
