憲法記念日に思うこと


― 暮らしの中の「おかしい」を見過ごさない ―



今日は憲法記念日です。

憲法というと、難しい議論や政治の話のように感じられるかもしれません。
でも私は、憲法の入口は、もっと身近な暮らしの中にあると思っています。

私たちの暮らしを支える制度や慣習も、ときに誰かの声を届きにくくしてしまうことがあります。
長く当たり前とされてきたことの中に、見えにくい我慢や痛みがないか。
そんな日常の小さな違和感に気づくことも、憲法を考えることにつながっているのではないでしょうか。

憲法は、強い人をさらに強くするためのものではありません。
一人ひとりが人として大切にされるための約束であり、多数の声の中で見えにくくなった一人を、社会の中にきちんと置き直すための土台だと思います。

大切なのは、立派な言葉を語ることだけではなく、目の前の「それは少しおかしいのではないか」を見過ごさないこと。

憲法記念日に、私はそんなことを考えています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

市民お一人おひとりの暮らしに寄り添い、その声を受け止め、少子高齢化問題や危機管理に関する解決策を即座に提起すること。そして、市民の皆さまが「長岡京市に住んで良かった」と安心して暮らせる街、さらに皆さまも何らかの形でかかわっていける街づくりをすすめていくためにはどうしたらよいか。
これまで私たちを育て、地域を発展させてきてくださった方々、高齢者世代の方々、若い世代の方々、地域の将来を担う子どもたちが安心して生活できること、皆さまが地域での生きがいや友人を得て、笑顔でいきいきと生活していくためにはどうすればいいのかを、しっかりと考えてまいります。

目次