― 暮らしの中の「おかしい」を見過ごさない ―
今日は憲法記念日です。
憲法というと、難しい議論や政治の話のように感じられるかもしれません。
でも私は、憲法の入口は、もっと身近な暮らしの中にあると思っています。
私たちの暮らしを支える制度や慣習も、ときに誰かの声を届きにくくしてしまうことがあります。
長く当たり前とされてきたことの中に、見えにくい我慢や痛みがないか。
そんな日常の小さな違和感に気づくことも、憲法を考えることにつながっているのではないでしょうか。
憲法は、強い人をさらに強くするためのものではありません。
一人ひとりが人として大切にされるための約束であり、多数の声の中で見えにくくなった一人を、社会の中にきちんと置き直すための土台だと思います。
大切なのは、立派な言葉を語ることだけではなく、目の前の「それは少しおかしいのではないか」を見過ごさないこと。
憲法記念日に、私はそんなことを考えています。