母の日に思う

母の日に思う。

母という存在は、近すぎるからこそ、かえって素直に思いを言葉にしにくいものかもしれません。

母にも人生があり、悩みがあり、疲れがあり、それでも家族のために踏ん張ってきた時間がある。
そう思うと、感謝だけでなく、少し切なさのようなものも込み上げてきます。

私自身も年齢を重ね、人生のいろいろな場面を経験してきた今だからこそ、
母が背負っていたものの重さや、言葉にしなかった思いに、あらためて気づかされることがあります。

若い頃には見えなかった母の孤独、我慢、そして強さ。

母は「母」である前に、一人の女性として、自分の人生を懸命に生きていたのだと思います。

母の日は、花や贈り物の日であると同時に、
母の人生そのものに思いを寄せる日でもあるのかもしれません。

「ありがとう」と言える人がいるなら、今日は短い言葉でも伝えたい。

そして、もう直接伝えられない人にとっても、母を思い出すことそのものが、

きっと一つの感謝の形なのだと思います。

母の日は、母を思う日。
そして、自分が誰かに支えられて生きてきたことを、静かに思い返す日。

そんな一日でありたいと思います。

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この記事を書いた人

市民お一人おひとりの暮らしに寄り添い、その声を受け止め、少子高齢化問題や危機管理に関する解決策を即座に提起すること。そして、市民の皆さまが「長岡京市に住んで良かった」と安心して暮らせる街、さらに皆さまも何らかの形でかかわっていける街づくりをすすめていくためにはどうしたらよいか。
これまで私たちを育て、地域を発展させてきてくださった方々、高齢者世代の方々、若い世代の方々、地域の将来を担う子どもたちが安心して生活できること、皆さまが地域での生きがいや友人を得て、笑顔でいきいきと生活していくためにはどうすればいいのかを、しっかりと考えてまいります。

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