9月21日は「世界アルツハイマーデー」です。

日本では、認知症基本法により9月21日を「認知症の日」、9月を「認知症月間」としています。

認知症は、誰にとっても決して遠い話ではありません。

本人が認知症になったとき。
家族が認知症になったとき。
そして、一人暮らしをしている人が認知症になったとき。

住み慣れた地域で、これまでと同じように暮らし続けるためには何が必要なのか。
私は、これは福祉や介護だけの問題ではなく、これからの「まちづくり」そのものの課題だと思っています。

認知症になったからといって、それまで積み重ねてきた人生や、その人らしさまで失われるわけではありません。

買い物に行くこと、地域の人と話すこと、好きなことを続けること。そして、できることは自分ですること。

そうした当たり前の暮らしを、できるだけ長く続けられる地域であってほしいと思います。

そのためには、医療や介護の体制だけではなく、地域での見守り、相談できる場所、移動手段、家族への支援、
そして何より、私たち一人ひとりの認知症への理解が欠かせません。

市議会議員を務めていた頃、福祉や介護について考える機会が数多くありました。

議員を離れた今も、「年齢を重ねても、認知症になっても、安心して暮らせるまちであってほしい」
という思いは変わりません。

認知症の人を「支えられる人」としてだけ見るのではなく、同じ地域で暮らす一人の市民として、ともに生きていく。

9月21日を、そんな地域のあり方について少し考える日にしたいと思います。

認知症になっても、住み慣れたまちで、自分らしく暮らし続けられる。

そんな長岡京市であってほしいと思います。

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この記事を書いた人

市民お一人おひとりの暮らしに寄り添い、その声を受け止め、少子高齢化問題や危機管理に関する解決策を即座に提起すること。そして、市民の皆さまが「長岡京市に住んで良かった」と安心して暮らせる街、さらに皆さまも何らかの形でかかわっていける街づくりをすすめていくためにはどうしたらよいか。
これまで私たちを育て、地域を発展させてきてくださった方々、高齢者世代の方々、若い世代の方々、地域の将来を担う子どもたちが安心して生活できること、皆さまが地域での生きがいや友人を得て、笑顔でいきいきと生活していくためにはどうすればいいのかを、しっかりと考えてまいります。

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